むーろのゆったりblog

どうしてこんなにも生き辛いのだろう?そんな悩みと向き合いながらゆったり生きていくブログです。

ブログで実感した、世の中に何かを残しているということ

こんばんは、むーろです。٩( 'ω' )و

世間ではコロナウイルスの話題で一杯ですね。

 

私の母方父方どちらの祖父母も元気ですが、コロナウイルスに感染したらどうなるかとても心配です。

 

1秒でも早いウイルスの終息を願いつつ、自己の体調管理をしっかりしていきたいですね。


さて、先日にブログを再開しました〜という記事を書きました。

 

一年何も記事を書いていないにも関わらず、私のブログを見てくださる方がいて驚きました。

 

私のブログが果たしてどのような価値があるのかはわかりません。

 

ですが、自分が作ったもの書いたものが誰かに見られるというのは恥ずかしくも嬉しい気持ちになりますね。

 

そんな時に、自分はこの世に何かを残しているんだなぁと感じます。

 

今回はこの『何かを残す』という事について考えてみたいと思います。

 

 

全ての生物は何かを残したいという欲求がある

どの生物も必ずと言って良いほど残したいものがあります。

 

それは『種の保存』です。

 

子孫や子供といっても良いかもしれません。

 

人間の3代欲求である、

・睡眠欲

・食欲

・性欲

全て種の保存のためと言っても過言ではありません。

 

生物の色んな行動や特性、習性を調べると最終的に種の保存に行き着きます。

 

自分の身を守るのも死んでしまっては種の保存ができなくなってしまうから。

 

相手を捕食して食料にするのも種の保存のためのエネルギーにするため。

 

種の保存以外の目的で他者を虐げるのは人間くらいではないでしょうか。

 

 ですが他の動物と違い、人間には自分の遺伝子以外に遺すものがあります。

 

それはミーム(文化的遺伝子)です。

 

 

人間にしかない、種の保存以外に遺したいもの=ミーム(文化的遺伝子)

 

人間ももちろん種の保存は第一願望ですが、それ以外にも遺したいものがあります。

 

それはミーム(文化的遺伝子)と呼ばれるものです。

 

物、歌、教訓、心構え、書籍、技術といったもの。

 

遺伝子的つながりの無い人間でも伝えることができる情報』がミームの大まかな定義です。

(専門家によって定義の仕方は異なるそうです)

 

このブログもミームの一つと言えるでしょう。

 

このミームというのが人間が人間たらしめる要素であると私は思います。

 

と言うのも、歴史を振り返れば皆何かしらのミームを後世に遺しています。

 

太古の人類では木や石の加工技術(武器の作成)、火といった身を守るための技術の継承から始まりました。

 

それから食物を育てたり、家を建てたり、言語や文字といったコミュニケーションの文化を遺しました。

 

いつしかミームは身を守るための技術の継承から、生活を豊かにする技術や個性を表現する芸術の継承に移り変わったのです。

 

この世に自分が存在したという証を残したい

「俺は○○をすることでこの世に自分がいたという証を証明したい」

 

「自分がこの世に生まれたことに意味があった、ということを刻みたい」

 

何の漫画かは忘れてしまいましたが、このような言葉をよく覚えています。

 

この言葉は正に人間が何かを成すことの根底にある願望ではないでしょうか。

 

自分の血であったり、哲学であったり、言葉であったり...

 

やっぱり何でもいいからこの世に自分が存在したんだぞー!!って証を残せることはとても嬉しいことだと思います。

 

(世紀の大犯罪とかで名前と所業が残るのは悲しいですが...)

 

私のブログも一日に10人ほどの方々がいらっしゃいます。

 

その方々に何かを残せたかどうかはわかりません。

 

その人にとって無価値なものであれば、ブログページから離脱後3秒もたたないうちに忘れ去るでしょう。

 

私自身、そのようなことは往々にしてあるのでよくわかります。

 

ですがそのような中にあっても心の中に残るブログや言葉もありました。

 

それらは時間が経っても心の中生き、私の支えになって助けてくれるのです。

 

先ほどのミーム(文化的遺伝子)は自分の血は残せないけれど、心の中で支えとなることができる。

 

私たちが何かを作る、遺すのは、そのような意味があるのではないでしょうか。

 

まとめ

みんな、何らかの形で自分が存在したという証を残したい。

 

私がブログを書くのも、そういった願望が心の奥底にあるから。

 

そのようなことをブログを再開すると同時に感じました。

 

私含め、皆この世に何を残すことができるのだろうか。

 

もし自分が何も残さずこの世を去ることになったら嫌だなぁ、と思うのでした。

コロナウイルスから学ぶ、収入を給料だけに頼る危険性

今朝のニュースで「中国では、コロナウィルスによる労働出来なかった期間の給料返金の活動が起こっている」というのを知りました。

「金持ち父さん貧乏父さん」(著:ロバート・キヨサキ)という本を読んでいる私は、このニュースを見てあることを実感しました。

それは、収入を給料だけに頼るのは危険だということです。

逆にお金持ちは収入を失うことなく生活することができるのです。

それはなぜなのか?

「金持ち父さん貧乏父さん」によると、

金持ちは資産から収入を得ている

貧乏は給料から収入を得ている

という違いがあるからだそうです。

ロバート・キヨサキ氏によると、資産というのは

・自分がその場にいなくても収入を生み出すビジネス

・株

・債権

・投資信託

・収入を生み出す不動産

ほか色々

といったもです。

コロナウイルスで自分が動けなくなっても、それらが収入を生み出してくれるのです。

もちろん、コロナウイルスによる影響はあるとは思います。

ですが仕事ができないから収入が0になるなんてことはありません。

中低所得者が収入を得られないのに対して、お金持ちは資産から収入を得る。

こういったことから、世界情勢が不況や混乱の時こそ両者の経済格差は大きく広がっていくのですね。

私はお金持ちでもなければ給料の高い仕事についているわけでもありません。

世間的に言えば落ちこぼれの部類に所属していると言っても過言では無いと思います。

ですが、だからこそ『学校では教えてくれないお金のことを学ぶ必要がある』とニュースを見て実感しました。

1年越しのブログ更新 今更ブログを再開する理由

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2019年3月10日、このブログにおける前回の更新日です。

 

気が付けば最後にブログを更新してから一年が経過しました。

 

時間が経つのは本当にあっという間です。

 

子供の頃、学校の先生がはるか遠い存在に感じていたのに、気が付いたら自分が先生と同じ年齢になってしまいました。

 

子供の頃は先生や大人は何でも知っていて完璧な人間だと思っていました。

 

ですが、自分が先生と同じ年や立場になって

 

先生(大人)は完璧な人間などではなく、悩み事は違えど子供と同じように悩み苦しみ成長していたのだ」

 

と実感するようになりました。

 

果たして自分は、子供の頃の先生たちのように自分の責務を果たせているのだろうか?

 

そんなことを考える今日この頃...

 

さて、1年ぶりのブログ更新のテーマはこれ「今更ブログを再開する理由」です。

 

このテーマの理由に特に意味はありません。

 

ですが、こうして1年間も放置していたブログを今更になって書く気持ちになったのには何かしら意味があってのことだと思ったのです。

 

 

 

今更ブログ再開する理由

ブログを始めても3か月続く人は70%、1年は30%、2年は10%だそうです。

 

つまり止めてしまう人は、3か月で30%、1年で70%、2年で90%ということになります。

 

3か月続かないブログは本当に多い【みんな辞めていく現実】 | けいこぶ.com

けいこぶ.com様より

 

私は1年続かなかったので、止めてしまった70%の中の一人というわけですね。(;´・ω・)

 

ブログを始めた当初はやる気と情熱に満ちており、1年は頑張れると思っていたのですが...

 

まぁ、過ぎたことは悔やんでも仕方ありません。

 

今更になってどうしてブログを再開しようと思ったのか考えていきましょう。

 

ちょうど一年経ったから

この一年間、ブログについてすごく中途半端に気にかけていました。

 

スパっと止めるわけでもなく、かといって記事を書くわけでもない。

 

iPadとipnoeのアプリを整理する時も、はてなブログのアプリは消せずにいました。

 

なんだか元カノへの未練を捨てきれずに、いつまでも思い出に浸っている感じですね。

 

改めて文字に書き起こしてみると悲しい気持ちになってきます( ;∀;)

 

一度長期間離れると再開するのがとても気まずいような気持になったのです。

 

動画投稿者が動画の投稿間隔が次第に伸びていき、最終的に失踪してしまうのもこういった気まずさも一つの要因だと実感しました。

 

私のような離れず近づかずのような人は、再開する「きっかけ」を心のどこかで待っているのかもしれません。

 

私の場合は「ちょうど一年たったから」というのがきっかけでした。

 

何かしらの形で考えや気持ちをアウトプットしたかったから

普段の生活の中で自分の考えや意見、気持ちをどこかに吐き出したい。

 

そういう気持ちが心のどこかにあったのかもしれません。

 

そういう時は紙に書きだしたり、日記を書いたりするのが効果的だそうです。

 

私も日記を書いてはいますが、ブログとは少し違うものだと感じました。

 

日記 ⇒内側に向かって書く。

ブログ⇒外側に向かって書く。

 

日記は内省的で、ブログは発信的?ともいるかもしれません。

 

日記はとても楽しく、一日の振り返りや内省の時間を作れて楽しいものです。

 

ただ、少し寂しさも感じていました。

 

家族や友人と過ごす時間は楽しいのですが、考えや気持ちといった内面を出すことはほとんどありませんでした。

 

そういった外に出せないものが、相手の顔も名前もしらないブログなら気兼ねなく出せると思ったのです。

 

書くのが好きだから

皆さんは、自分の考えを整理したり発表する場合どのような行動をしますか?

・話す

・書く

・描く

・走る

・歩く

・踊る

・歌う 

その他いろいろ

 

私は書くことが多かったです。

 

自分の書棚を見返すと、たくさんの自分の考えが書かれた紙がありました。

 

意識してか、無意識かわかりませんが私にとって「書く」という行為はとても大事ことだったのです。

 

要するに書くことが好きだということなのかもしれません。

 

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なんで1年間ブログを放置していた

じゃあ、なんでそんな気持ちがあるのにブログを止めて1年も放置したのか?

 

実際にブログを始めて止めてみることで、失踪してしまう動画投稿者やブログの気持ちがわかった気がします。

 

それだけでも収穫があったと言えますが、せっかくなのでその理由についても考えてみましょう。

 

ブログだけでなく、今後の生活や活動、仕事にも役立てる何かが見つかるかもしれませんからね(。-`ω-)

 

 なんで書いてるのかよく分からなくなった

「なんで私はランニングしているのだろうか」

「なんで僕は筋トレをしているのだろうか」

「なんで俺は働いているのだろうか」

「なんで忍者の姿は我々に見えないのだろうか」

 

ブログに限らず、誰しもが何かを続けているうちに一度は考えるのではないでしょうか。

 

最初はやる気に満ちていて、モチベーションも高く希望に満ちたスタートダッシュを決めたはずなのに。

 

気が付けば、やる気もなくなりモチベーションも低下するばかり。

 

楽しいはずだったのに、続けることが苦痛になってしまった。

 

ブログを止めてしまった一番の理由はこれでした。

 

ブログの在り方みたいなのに囚われていた

「PVを伸ばすためには○○をしなさい」

「良いブログというのは○○をしている」

「毎日○○個記事を書きなさい」

 

ブログをより良いものにしようと思い、他のブログを見て回るうちに自分を見失ってしまいました。

 

レベルの高いものや人を見ることは、成長するうえで大事なことです。

 

三流よりは二流。

二流よりは一流をみる。

 

スポーツでも仕事でも経営でも同じことが言えます。

 

ただ、私はいろんなブログを見ることで学習する以上に「ブログはこう在るべきだ」という思考に陥ってしまったのです。

 

自分の意志力の無さと相まって、気が付けば勝手に自分のブログの存在価値を否定するようになりました。

 

「自分のブログはなんだか空しいなぁ(-_-;)」

 

という様な思考をしていました。

 

別段、他のブログや人が自分のブログに対して何か言うわけでも否定するわけでもないというのに...

 

そもそも生活自体が楽しくなかった

ブログを止めたから生活が楽しくなかったのか。

 

生活が楽しくなかったからブログを止めたのか。

 

今になってはよくわかりません。

 

わかっていることは、この一年はとても楽しい時間ではなかったということです。

 

自分に自信を無くして仕事を辞めて。

 

仕事が嫌になって自分も嫌になって生きることも嫌になって。

 

毎日毎日だたただ、自分の物質的な体が部屋の中に存在しているだけ。

 

前を向くでもなく後ろを向くでもなく、進むでもなく戻るでもなく。

 

何もしない自分に更に嫌気がさしての繰り返し。

 

このことは別の記事に書こうと思います。

 

そんな感じでブログを書こうという気持ちが湧かなかったのです。

 

まとめ

 

理由を振り返ることで改めて自分のことが少し理解できました。

 

再開する理由

・小さなきっかけがあった

・何かアウトプットしたかった

・書くことが好きだから

 

止めた理由

・自分を見失ってた

・在り方に囚われていた

・生活そのものが楽しくなかった

 

始めてみて分かることがあれば、止めてみて分かることもありました。

 

これからは

 

自分がどうありたいか

自分に合ったペースで大丈夫

 

の二つのことを頭にいれながらブログを楽しんでいければと思います。(*‘∀‘)